左ボタンでグーグル検索、右ボタンでサイト内検索が出来ます。
Google
 
Web syokunin.seesaa.net

2008年02月29日

『明日への遺言』

fuzi.jpg

 富司純子さんの出演映画 『明日への遺言』

(監督:小泉堯史、主演:藤田まこと)が

3月1日(土)より全国公開されることになりました。



 昔ながらの任侠時代(藤純子)からのファンとして、

当時とは違う意味で大人の抑えた演技に相変わらず

惚れ惚れとみています。

 あらすじ(mixiコミュより引用)

 富司さんは、第二次世界大戦後、米軍搭乗員処刑の罪に問われ、
戦犯裁判にかけられた実在の人物・岡田資中将の妻・温子(はるこ)を演じております。
 部下を守るため全責任を背負い、法廷闘争を戦い抜く夫を、傍聴席から見守り続ける温子。
 そのまなざしだけで、夫を想う気持ちが全て表れている富司さんの素晴らしい演技をぜひ劇場でご覧下さい。

・・・・・・・・ここまで引用・・・・・・・ ・・・・・・・

 結婚以後はあまり俳優としての活躍が

あまり見られなくて、歯がゆい思いでした。

あまり映画館で見ることは出来ないのですが

たまたまTVでフラガールを見ましたよ。

顔・姿は炭鉱夫の妻というのは最初は

無理があると思いながら見ていると、さすがですね、

途中から往年の迫力を感じさせて、その存在感の

重さは完全に主役を食ってしまっています。

これからの演技に期待する所大です。

 マイミクさんが言ってましたな「厳しいお母さん役が

素敵に演じられる女優さん、すくなくなったな、」と

 次に好きな女優が梶芽衣子ですが、彼女なら

この役も務まると思いますが、どうでしょう。

それ以外には思いつかないなあ。

 敢えて言うならば、数年後の柴咲コウだと

どうでしょうか?

 3人共いい眼をしていて、惹き付けられます。

富司純子を知らない方のために 続き
富司純子を知らない方のために

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

富司 純子(ふじ すみこ、本名:寺嶋 純子〔てらしま じゅんこ、旧姓・俊藤〕、1945年12月1日 - )は、日本の女優。父は東映のプロデューサーで、「ヤクザ映画の首領(ドン)」と呼ばれた俊藤浩滋。血液型はO型。

和歌山県御坊市に生まれる。5歳の時、大阪市へ移り、7歳から日本舞踊を習う。

1962年、京都女子学園高校2年生のときによみうりテレビの歌謡番組『ハイハイ、マヒナです』のカバーガールとして姉・允子と共に出演。翌1963年、父の勤務先である東映京都撮影所に見学に行ったところをマキノ雅弘監督にスカウトされ、「藤 純子」(ふじ じゅんこ)の芸名をもらい、『八州遊侠伝・男の盃』で千葉真一の恋人役でデビュー。同年、朝日放送テレビのコメディー『スチャラカ社員』の若い女給役で注目を浴びる。

時代劇、現代劇、任侠物に多数出演後の1968年、山下耕作監督の『緋牡丹博徒』で初主演し、大ヒット。主人公「緋牡丹のお竜」こと矢野竜子役で人気を集め、シリーズ化され当代一の人気女優になった。中でも菅原文太と共演した『緋牡丹博徒 お竜参上』(1970年、加藤泰監督)は傑作として今も語り継がれている。『緋牡丹博徒シリーズ』の他に『日本女侠伝シリーズ』、『女渡世人シリーズ』もヒットし、鶴田浩二、高倉健と並ぶ東映の3大スターのひとりとなる。藤は、昭和20年代生まれの邦画界の俳優の中でも観客動員力No.1であり、東映が生んだ「客の呼べる唯一の大女優」といえる。背に彫った緋牡丹の刺青を見せる『緋牡丹博徒』については、当初は肌を見せることに抵抗があり、出演を拒んでいたが、父・俊藤に説得されて渋々応諾したという経緯がある。しかし『緋牡丹博徒』の人気を直に感じて「父の凄さを初めて理解した」と回想している。『緋牡丹博徒』では主題歌も歌ったが、これは失敗だった。

父の存在もあり、共演女優にすぐに手を出す山城新伍や梅宮辰夫などといった東映の男優陣も、たとえ共演しても手をつけられなかった。「東映の女優で、手を出せないのは彼女だけだった」と山城は『いつみても波乱万丈』で語っている。

1972年、NHKの大河ドラマ『源義経』(1966)で共演した歌舞伎俳優の四代目尾上菊之助(現・七代目尾上菊五郎)と結婚し、引退を表明。引退映画となった『関東緋桜一家』には時の東映オールスターが結集するという、前代未聞の引退劇であった。

1974年、寺島純子の本名でフジテレビのワイドショー『3時のあなた』の司会に就任し、「司会者」として芸能界に復帰。1977年より3年間、出産・育児のため番組を一時降板したが1980年より復帰、歴代司会者では森光子に次いで2番目の長寿司会在任期間(10年11ヶ月)となった。1982年には、NHK『勇者は語らず』で女優としても復帰。「白紙の新人女優としてスタートしたい」との意思から芸名を富司純子に改めた。1989年には、『あ、うん』で映画への出演を再開。1998年『おもちゃ』で26年ぶりに映画に主演、各主演女優賞に輝く。

長女は女優の寺島しのぶ、長男は歌舞伎俳優・五代目尾上菊之助。


先ほどのマイミクさんはこうも書いてました
 「 緋牡丹博徒とてなもんや三度笠」
これも意味不明の人が多いのだろうな〜




posted by 図面の職人 at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/87710402
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。